幸福とは
ⅰ.生活の目的は生きがいである。生きがいとは、生活全体を規制する生活原理であり、価値観であ
り、その人の志である。PIでは、この生活原理として「幸福」を設定するのである。
幸福とは、人間を完成させる過程で、身体全体で感じるある状態であり、全人間的共鳴をいう。
人が生きている喜びを感じ、心の躍動を覚える状態である。わかりやすく言うと、ワクワク、ドキド
キしたり、心静かに満たされる状態をいうのである。したがって、現実の生活に当たっては、直接幸
福を追求することはできない。幸福以外の何物かを追求することの結果として、幸福(感)が得られ
るのである。幸福も狭義の意味での自己実現もあくまで結果として得られるものであって、これを目
的として追い求めると、永遠に欲求不満になり、「幸福になろうとすればするほど、幸福になれな
い」という“幸福のパラドクス”に陥ってしまうのである。
そこでJ.S.ミルは、ここへ勤労(work)をもってきて、「Happiness(幸福)がW‐ork(勤労)の前にあるのは辞書の中だけだ」といったのはこのことである。
幸福とは、人間の持つ欲望を分母とし、満たされた欲望を分子として、その結果の状態に伴って
出てくる心身全体で感ずる感情である。人の一生は欲望を中心として展開しているからである。
問題は、持てる欲望の質と量、すなわち、持てる欲望の真偽、善悪、美醜の質とその量の大小と、
満たされた欲望の方法と能力、すなわち、欲望を満たす方法の善し悪しと能力の大小、ということに
なる。
幸 満たされた欲望(方法・能力)
福 =
感 持てる欲望(質と量)
これによって、その人の価値が決まるのである。その人の人間観、人生観、仕事観、社会観、世
界観である。前述したように、人生を、社会を「存在」とみるか、「つながり」とみるかによって大
きく違ってくるのである。
この欲望の正しい持ち方とその正しい満たし方を教えることが「教育の根本」である。松下幸之助翁も人材育成に際し、「人間の欲望こそ生命力、と考えたが、それは善にも悪にも向かい得る。その方向づけ、育てることが重要である」とおっしゃっている。
ⅱ.働く人の幸福とは何か。およそ働く人の持つ欲望は、集約すると以下の二つになる。
①自分の仕事(役割)に全力投球したい
②業績能力に応ずる報酬(よい条件(物・心))に恵まれたい
マズローの欲求構造に当てはめると次のようになる。
高次・・・・ ⑤自己実現的・・・自由(創造、本領発揮)
(生活目的)
④自我的・・承認、公平、昇進、支配
中次・・・・
(心的条件) ③社会的・・仲間、帰属、非孤独
②安全的・・生命、身体、財産、地位
低次・・・・
(物的条件) ①生理的・・衣、食、住、性
以上の欲求構造が示す通り、低次の生理的欲求にはじまって、それが満たされてはじめて次の段階へ上昇し、高次の自己実現的欲求に終わる。低次と中次の欲求は、②の「よい条件に恵まれたい」に該当し、高次の欲求は①の「自分の仕事に全力投球したい」に該当する。
よい条件に恵まれた場合に持つ感情は、満足感であり、対集団感は定着性である。自分の仕事に全力投球した場合に持つ感情は充実感であり、対集団感は献身性である。
かくて、働く人の幸福とは、満足感と充実感、定着性と献身性の複合された状態における幸福感である。ここで特に大切なのは、充実感と献身性であることは言うまでもない。
ハーズバーグの動機づけ/衛生理論はこのことをよく示している。
(イ)衛生要因(hygienic factors )
賃金、時間、作業条件、その他の労働条件、人間関係、意思疎通、福利厚生施設等の衛生要因、
すなわち仕事の周辺事項が改善され、満たされた場合は、働く人は「満足」が得られる。しかし これはいわば受け身であって不平不満がない、居心地がよい、というだけで仕事そのものへの情熱には直接結び付かない。これらが劣悪ならば、当然士気は低下することになるので、これらは仕事への情熱の底辺を支えるために不可欠な要因ではあっても、すなわち定着性がアップする要因ではあっても、仕事そのものへの全力投球の要因にはなり難い。
(ロ)動機づけ要因(motivators)
真に働く人を動機づけるものは、仕事そのもの、達成、責任、承認といった要因である、というのである。すなわち、賃金その他の労働条件に満足していても、魅力ある仕事、喜んで全力投球し得る仕事がない場合には、生きがい、幸福感は得られないということである。
現実の職場においては、企業の風土・従業員の性別・年齢・民族・習慣等によってある人にとっては衛生要因が、他の人には動機づけ要因として作用するこがあることは否めない。したがって、現実の職場内の管理に当たっては、その時々の状況に応じて、何が衛生要因で、何が動機づけ要因であるかを的確に捕まえることが必要であるが、しかし人間の本質からいって、最も強力な動機づけ要因は、自由・自主を中心とした人間的成長であろう。仕事そのものが、自由で自主的である場合に、仕事は苦痛でなくなり、喜びとなり、その仕事に愛情と誇りと責任とを持って全力投球できるのである。
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