すべては自分から

 PIとは、個人個人が自分の役割をきっちりと果たすことであった。その役割を立派に果たすための基本的な考え方の第1は、「すべては自分が原因であり結果である、すべては自分から始まる」、別な言い方をすると、「責任を他に転嫁しない」「自分の人生はすべて自分の責任である」ということである。二宮尊徳翁の「自立自助の精神」である。


 そんなこと当たり前じゃないか、と言われるかもしれないが、意外とそうでもないのである。無意識に「景気が悪い、社会が悪い」「うちにはろくな社員がいない」とか「あの課長が悪い、あの上司が悪い」「あいつが悪い、あいつさえいなければ」「給料が安い、休みが少ない」といったようなことを言葉に出したり、現実には他への責任転嫁や不平不満が結構多いのも事実である。


 「立ち向かう 人は己の鏡なり 写してや見よ 己が心を」という古歌がある。人間は自分の顔や表情を直接自分の眼で見ることはできない。他人の表情や態度が、自分のとっている態度や言動を写しているのだ、と教えてくれているそうだ。態度とは、その人の心の姿勢ををいい、普段その人が心の中でどんなことを思い、どんなことを考えているのかの集積が、表情や態度、言動となって表れるのである。自分が投げた態度や言動が、そっくりそのまま相手から投げ返されてくるのである。「嫌な上司」「悪い部下」は、自分の表情、態度や言動が鏡に写っていただけのことである。


 そう考えると、現在自分の周りで起こっている現象は、すべては自分がまいた種であり、自分が原因をつくり、それが結果として今現れれているということになる。ジェームス・アレンも「人間は自分の人格の制作者であり、自分の環境と運命の設計者である」(ジェームス・アレン著坂本貢一訳「『原因』と『結果』の法則』)

と言っている。


 まずは、脚下照顧せよ!自らを正せ!ということであろう。